今治城
今治城は、慶長7年(1602年)に起工し、慶長9年(1604年)に普請が完成しています。関ヶ原の戦いの戦功により、伊予半国20万石の大名となった藤堂高虎は、築城総奉行に渡辺勘兵衛、工事の責任者を木山六之丞に任命し、三重の堀に海水を導入した壮大な海岸平城を築いたのです。現在は、本丸、二の丸、内堀と石垣などにその姿が残るだけですが、昭和55年(1980年)に天守が再建され、今治城は、市の観光と文化のシンボルとして親しまれています。 |
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今治城のお堀
今治城の堀は、内堀、中堀、外堀と三重の堀になっていました。現存する堀は、内堀。海水を引き入れた珍しいもので、干満に応じて海水の入れ替えが行われるように工夫されています。鯛や河豚、黒鯛、ボラなどが泳ぎ、明治、大正期には牡蠣の養殖もおこなわれていたといいます。
今治城天守閣
今治城天守では、藤堂高虎から久松松平家、幕末、近代に至るまでの今治にまつわる数々の展示物が置かれています。ぜひご覧ください。
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